「否認対象行為」について
1 破産管財人の「否認権」
「否認対象行為」でいうところの「否認」とは、破産手続きのなかで破産管財人が、過去に債務者が行った債権者に不利益になるような行為の効力を否定する権限であり、破産管財人に与えられたこのような権限のことを「否認権」と呼びます。
否認の対象となる行為によって債務者の財産が減少した場合には、破産管財人は、その財産減少の原因となった行為の効力を否認し、財産を取り戻すことができます(破産法167条1項)。
そして、破産管財人は取り戻してきた財産を競売等の手続きで換価し、債権者に平等に配当することで、債権者間の平等を守ろうとするのです。
このように、破産管財人によって否認されてしまう可能性のある行為は、自己破産を考えている債務者は慎む必要があります。
2 「否認対象行為」を定めた破産法160条1項
破産法では160条以下に、具体的にどのような行為が否認の対象となるかを明らかにしています。
まず、破産法160条1項では、債務者の財産を減少させ債権者を害する行為について否認権の対象としております。
なお、否認が認められる要件として、債務者に「詐害意思の存在(破産者が破産債権者を害することを知ってした行為であること)」または「支払停止等の後になされた行為であること」が求められています。
また、債務者から財産を受け取った受益者が、そのことによって債権者を害することになることを知らなかった場合には、否認対象行為には当たりません。
ただし、「破産債権者を害することを知らなかった」という点については、受益者側に証明する責任があると解されています。
詐害意思をもって財産を流出させることが許されないのはもちろんですが、「支払停止」後に、少しでも返済を再開できればと思って財産を安値で売却したという場合でも、この破産法160条1項2号の否認対象行為に該当する可能性がありますので、破産申し立てを検討されている債務者の方は注意が必要です。
3 「否認対象行為」を定めた破産法160条2項
また、財産を流出させるというのは、単純に贈与したり安値で売却したりすることに限られません。
「債務の消滅に関する行為」についても「債権者の受けた給付の価額が当該行為によって消滅した債務の額より過大である」場合には否認の対象となりえます。
例えば、100万円の借金を返済できなくて、200万円の価値のあるダイヤモンドを渡して借金を返済したことにしてもらったというような場合には、返済を受けなかった債権者からすれば、「その200万円を現金にかえて、債権者みんなで平等に分けて欲しかった。」と思い、不平等に感じることになります。
そのようなことを避けるために、否認の対象としています。
なお、「詐害意思の存在」または「支払停止後の行為であること」が要件となることや、受益者が破産債権者を害することを知らなければ否認されないことは破産法160条1項の場合と同じです。
4 「否認対象行為」を定めた破産法160条3項
破産法160条3項では「破産者が支払の停止等があった後又はその前六月以内にした無償行為及びこれと同視すべき有償行為は、破産手続開始後、破産財団のために否認することができる。」と定めています。
ここで注意が必要なのは、1項や2項と異なり、「詐害意思の存在」または「支払停止後の行為であること」が要件として設けられておらず、また、受益者が債権者を害することを知っていたか否かも関係がないという点です。
無償の財産譲渡は、債権者にとって不利益にしかなりませんので、支払い停止後はもちろん、すくなくとも、支払停止前6か月以内は、他人に財産を無償で送ったりしたら、否認されるということです。
5 「否認対象行為」を定めた破産法161条
財産の無償譲渡ではなく、例えば、200万円の自動車と200万円の高価な腕時計を交換したような場合には、別に財産が減ったわけではないので原則として否認の対象とはなりません。
ただ、不動産を金銭に換価したような場合には、お金の場合には使ってしまったり隠したりが不動産より容易にできてしまいます。
このように、費消されたり隠されたりしやすい財産に形がかわることは、債権者にとって不利益となりますので、交換をした当事者にそのような支障や隠匿等の悪意があったと認められた場合には、否認の対象となります(破産法161条1項)。
また、交換の相手方が法人役員等の内部関係者であったり、近親者であった場合には、そのような悪意が推定され、否認が認められやすくなっています(161条2項)。
6 「否認対象行為」を定めた破産法162条
また、特定の債権者に対して担保の供与又は債務の消滅に関する行為も否認の対象となりえます。
これは、偏頗行為と呼ばれるもので、一部の債権者だけ優遇するのは不公平だという考えに基づくものです。
こういった行為は、破産手続き開始決定後はもちろん許されません。
また、手続き開始前であっても「支払不能になった後」や「支払不能になる前30日以内」についても、否認の対象となる可能性があります。
なお、「支払不能」かどうかは、判断が微妙な問題ですが、破産法163条3億では「支払の停止(破産手続開始の申立て前一年以内のものに限る。)があった後は、支払不能であったものと推定する」として、支払停止という分かりやすい指標で推定ができるようにしています。
7 「否認対象行為」を定めた破産法164条
対抗要件具備行為についても、一定の場合には否認の対象となります。
対抗要件具備というのは、法律家以外の方にはイメージをしにくい言葉かもしれません。
例えば、家などの不動産を売買する場合、売主Aと買主Bの間で、売買契約を交わせば売買自体は成立し、この当事者の間では不動産は買主に所有権が移転したということができます。
しかし、売主Aが並行して買主Cとも売買の交渉をすすめていて、買主Bに不動産を売ったその日に、買主Cとの間でも不動産の売買契約を交わした場合、AC間でも売買契約や有効に成立したことになります。
このような場合、BとCのどちらが不動産を手に入れるのか明確な判断基準がないと経済が混乱しますので、先にその不動産について所有者として「登記」された人が、真の所有者として認められるという仕組みがとられています。
この「登記」が不動産売買における対抗要件であるといえます。
破産法164条では、支払停止後、売買等の権利変動から15日経過後に登記を移動させるなどして対抗要件の具備をさせた場合には、否認の対象としています。